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アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書) [★本(経済)]


アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)

アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)

  • 作者: 堂目 卓生
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/03
  • メディア: 新書



なかなか小難しい内容で、読むのに苦労しました。
しかし、アダム・スミスの「国富論」ばかりが取り上げられる中にあって、もう一つの著書である「道徳感情論」と関連づけて考えるのは、とてもよい発想であると思います。

「道徳感情論」 The Theory of Moral Sentiments 1759年 
「国富論」 An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations 1776年
です。

経済活動とは人間が行うものです。
当然、人間には感情もあり、いろいろ考えたりしますから経済といってもコンピューターで計算できるものばかりではありません。
そこに道徳心や、人間の感情とかいったものが大きく影響しています。

今の世の中、日本でも世界でも、「経済」というものに対するウエイトは非常に大きいわけですが、往々にして、数値的なことばかりが取り上げられ、その中で実際に活動する人間の心というものが、とても軽視されているような気がします。
なんと言いますか、
経済=コンピューターのように機械的なもの
というような感じになっているような気がするのですよね。
「日経新聞」などというと、とてもお堅いイメージがある。
ただ、経済に関して、よくよく考えてみると、もちっと泥臭く、人間の心理的、もしくは宗教的な考えと密接に結びついています。
オカルト的でさえあります。

例えば、「お金」ですが、これはかなり人間の心理を左右するし、人々の間で交換し循環する、ことで初めて意味が出てくる、とても人間的なものです。
1億円のお金が目の前にあっても嬉しくはない。しかし、その1億円のお金が「自分のもの」であったら超嬉しい。
何故嬉しくなるのか?
それは、自分の自由が拡張されるから。
好きな場所に行けて、好きな場所に住め、好きなものを買え、さらに自分の身近な人を喜ばせることさえできる。
自由に建物を建てることもできる。
但し、道徳的に良い使い方、悪い使い方というものもある。

また、「信用」とかも経済では大事なことです。
お金だけに意味があるわけではありません。
お金そのものに「信用」という裏づけがあって初めて「お金」として機能する。
お金を受け取る方が、「そんなものは信用できない」と言ってきたら共通の価値尺度がなくなってしまいます。

ま、経済と人間心理は切り離して考えることはできないのです。
そのような意味では、本当は、経済学者やエコノミストは、人間の心の探求者でなくてはいけないでしょう。
経済に関する記者や編集者も、当然、人間心理のスペシャリストでないと務まらない。

それと、経済と宗教的思考にはかなりの接点はあります。
どちらも人類の発展と幸福に貢献することが目標であり、個人の幸福と、社会全体の幸福のミクロとマクロの両方を兼ね備えていなくてはならないものだからです。
特に、経済のお金の関係と、宗教と宗教で言っているところの愛の関係がとても構造的に似ているのですよね。どちらも人々の間を循環して、自分と他人を幸福にしていくものであり、循環速度が速いほど幸福の度合いが大きくなる。

ま、自分も考えますが、新しい経済学として、この点に関して研究者がたくさん出る必要あります。
人類の進化に貢献する内容であれば、ノーベル経済学賞以上の価値は当然あります。

*但し、経済学は、間違ったらその影響は甚大ですので、その点注意が必要です。
 マルクス主義経済学など何億人にまで伝染してしまいましたから。

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