この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。
激論!「裁判員」問題 [本]
いちお、このままで行けば、来年2009年の5月から、日本で裁判員制度が始まります。
こんな大事な事、いつの間に決まってしまったんだなあ、といった感じがします。
まあ、ユートピア社会建設担当者の一人として、制度の研究を兼ねて、まず一冊読んでみました。
まず、最初に読んだ本としては正解でした。
裁判員制度の賛成派と反対派の人の意見が両方入っていてバランスがとれていると思います。
大雑把な目次は以下の通りです。
第1部 なにが問題か(裁判員制度とは;賛成派の主張;反対派の主張);
第2部 激論、裁判員!(市民生活と裁判員;あなたが裁判員に選ばれたら;日本の裁判はどう変わる);
キムラ弁護士の補足意見
で、もって、その特徴は
壱、重大な刑事事件のみ
弐、選出される裁判員6名と職業裁判官3名で審理する。
参、裁判員は、事実の認定、法令の適用、刑の量定に関与する。
9名の多数決、但し、有罪の判断には最低1人の職業裁判官の賛成が必要。
などですかね。
まあ、内容を一つ一つ取り上げていったらきりがありませんので、自分の感想です。
といっても、どうでしょうかね? 自分では、まだ賛成とも反対とも言いかねるところがあります。
・良いかもしれないところ
一般市民が大挙して、司法に参加することによって、社会の中の一員としての自覚がでるかも。
今まで、立法・行政・司法のうち、司法がとてもマイナーだったので、司法に関心を持つ人が増えるかも。
この裁判官はどうだ、あの裁判官はどうだ、といった裁判官の良し悪しが問われるようになるかも。
冤罪の多さにメスが入るかも。
・良くないかもしれないところ
それぞれの人が、それぞれの職業をもってやっているのだから、職業裁判官は人に頼らず自分達だけでやるべきだ。
裁判員になる人の、経済的、精神的負担は、かなり高いのではないか。
なぜ、「重大な刑事事件のみ」なのか? はっきりしていない。
そもそも、この制度をやる事の議論が一般になされていない。
確かに、世界レベルでは、裁判員制度に似た、市民参加型の司法制度は多数派だという。
ただ、どうだろうなー、人が人を裁いたり判定したりする場合、考え方の基礎が必要ではないかな。正義と悪の問題だよな。軽い問題ではないわな。「正義とは何か」この問いにどこまで一般の日本人が答えられるであろうか。
けっこう日本人はシロクロつけたがらず、うやむやにしがちなところがあるでな。
まあ、今のままでいくと、このブログを読んだ人の中に、裁判員として選出される人も出るかもしれません。他人ごとではないので、今から少し考えておきましょうや。