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The Liberty (ザ・リバティ) 2011年 10月号② [The Liverty]





後ろの方の記事に、脱北者の会員の方の話がありますが、宗教が無い国の恐ろしさを感じますね。
北朝鮮では宗教を信じてるとわかったら、政治犯となり収容所に入れられ殺されるそうです。
外国人向けのダミーの仏教、キリスト教施設はあるそうですが、信教の自由を守るとのニセの宣伝用でしかないと。
一度、脱北に失敗して戻されて、何ヶ月にも渡って拷問を受けていたとか。
宗教が失われた国にとって、国民はモノ、機械でしかないのです。
国家に忠誠を誓わない機械は、壊れた機械であり、お払い箱になってしまう。
この恐さに気がつかねばいけません。

まあ、その様な国から見れば日本は天国です。
いろいろ問題はあるけれども、宗教をやっていて役人にとっ捕まって殺されるという事は無い。
無神論的にも見える日本ですが、お寺や神社はどこに行ってもありますし、初詣やお盆とかクリスマスは国家的な行事とも言える。
根底には宗教的意識はそうとうあります。
秩序や礼節、そういった精神は日本神道から流れているでしょうし、他の人々に対する優しさや苦しんでいる人々に対する共感は仏陀の慈悲の精神でしょう。
そして、キリスト教の愛の精神も、ある意味、自己犠牲の特攻隊の様な姿で流れているかもしれません。
戦後、長い事、左翼思想に洗脳されていただけなのです。

日本人に必要な事は、「宗教」と「いかがわしいカルト宗教」の違いを識別する能力を持てばよいのです。
そう難しい事ではないのですが、公立学校では宗教について全く教えませんし、中国や韓国のよくわからない圧力に屈して、戦没者の慰霊さえできない政治家も多い。
そして、マスコミは良い宗教・悪い宗教に対して全く識別能力が無い。

要するに、宗教に対する入門レベルの情報さえ国民全体は得られていないのです。
すべては「個人の判断に任せる」といった、宗教に対して突っぱねた姿勢があります。
それでは駄目なのであって、教養のレベル程度に関しては、学校や家庭でも教えていかなければいけません。

どうか、
新しい宗教=オウム真理教=カルト
という様な馬鹿な低レベルの認識から脱出しなければいけません。
また、
霊的な事を真面目に扱う事=カルト
というのも、あまりに霊的な事に関して無知ですね。


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